間宮林蔵、杉田玄白ゆかりの妙法寺で法燈継承式
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2008年1月27日取材 |
杉田5丁目の妙法寺 <みょうほうじ:日蓮宗> で、1月27日(日)午後3:00から法燈継承式(ほうとうけいしょうしき)が行われました。
法燈継承式は、住職が交替するときに行われる儀式です。先代のご住職・桜林妙祐(84)氏から、新住職・松本慈恵(55)氏へと払子(ほっす)が手渡され、法燈が継承されました。 |
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新住職が、法燈継承式が行われる本堂へ向かいます。後ろに見えるのは、「かながわの名木100選」にも選ばれた、妙法寺のビャクシンの木(樹齢は推定約600年)。右の写真が新住職の松本慈恵氏。 |
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本堂内にも、外のテントにも、多くの僧侶、信徒の方たちが出席 |
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新住職にお話を伺いました。
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法燈継承式の2日後、改めて妙法寺にお邪魔し、松本新住職に現在の心境を伺いました。
「やっぱり責任でしょうね。1200年の伝統を守っていかなきゃいけない。その責任の重さ、『預かった重さ』ですね。『法燈』っていうのはそういう意味ですからね、1200年間、受け継いできたという。次の代に渡すまでの責任を感じています。」
松本住職は、荒行で知られる日蓮宗にあって、五行免許皆伝からさらに加行を続けた参篭行(さんろうぎょう)の免許皆伝(正式には成満)である修法(しゅほう)師範。全国でも200名前後、横浜・川崎では上大岡の日行寺(にちぎょうじ)のご住職と2人しかいないそうです。
そんな松本住職ですが、家がお寺だったというわけではなく、実父は公務員。なぜ、仏教の道に進むことになったのかを尋ねると、にっこり笑って、こんなお答えが帰ってきました。
「(キッカケとなるような大きな出来事は)別にないんですよ。そういう風に聞かれるといつも困るんですけどね。」
「私が育った東京の自宅の目の前が、日蓮宗の寺だったんです。子どもの頃から、境内でよく遊んでましたし、住職がすごい可愛がってくださった。ですから、自分にとってはごく自然の流れで立正大学に入りました。」
「面白いのは、そのお寺は妙法寺とたまたま同じ開山なんです。これも縁なんでしょう。」
立正大学の仏教学部出身の松本住職ですが、実はその前に、日本大学の農獣医学部(現・生物資源科学部)も卒業。日大では化学を専攻していだそうで、仏門に入ってからも、東京立正中・高校で16年間、「生物」、「化学」、「地学」の先生をしていたんだそうです。
さらには、お寺のご住職でありながら、キリスト教系の横浜YMCAでも5年間、教壇に立っていたとのこと。
「横浜YMCAには福祉科があるんです。福祉を知ろうという子ども達を育てるんだったら、宗教は越えるべき。『世のため、人のために福祉をしよう』っていう子ども達を育てるんだったら、私は喜んで行きましょう、ということですね。
宗派にこだわって世の中のためにならないのでは、しょうがないんです。宗教っていうのは、世の中のためにあり、人のためにあるんですから」
一般家庭に育ち、化学を勉強してから仏門へ。その後、YMCAの先生をつとめ、稀有な荒行も経験。そんなユニークな経歴の松本住職のお話には、たいへん重みがありました。 |
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間宮林蔵、杉田玄白にゆかりのお寺
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ところで、妙法寺は杉田5丁目にある日蓮宗のお寺。新杉田駅から歩いて15分ほどのところにあります。創立は今から650年以上前の1352年(文和元年)。室町時代のはじめです。
杉田の梅林の中心にあったお寺として、かつては数多くの観梅客が訪れたそうで、今でも境内に梅が残っています(取材で伺ったとき、既にちらほらと咲き始めていました)。
また、妙法寺には、冒険家の間宮林蔵や、『解体新書』の杉田玄白の祖先である間宮家の墓があることでも知られています。
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どうやら、杉田玄白の「杉田」は磯子区杉田に由来するようなのです。近々、磯子の歴史博士・葛城峻さんにそのあたりのことを詳しく教えて頂こうと思っています。 |
関連リンク
・「るるぶ.com」の妙法寺紹介ページ
・磯子区役所ホームページ内の妙法寺紹介
・Wikipedia 間宮林蔵、杉田玄白
・杉田玄白と間宮林蔵 横浜市立大医学部医学科の同窓会「倶進会」ホームページより |
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