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ビジネス・インタビュー 「ビル管理の(株)市川総業」 【磯子】

2007年4月作成
会社のホームページ 地図
ビル外壁の清掃
磯子マガジン創刊時から、磯子区にオフィスを構える会社を取材したいと考えていたのですが、ようやくそれが実現しました。

取材させて頂いたのは、磯子駅を海側に降りて徒歩約5分、国道357号線沿いにある(株)市川総業。ビルの清掃や設備管理、保安警備など総合的なビル管理を行う会社です。

社長の市川智志(さとし)さんは、磯子区に生まれ育ち、学生時代の19歳にビル清掃の仕事をはじめ、23歳で会社設立。昨今の起業ブームをさかのぼること約20年前です。

そんな市川社長に、起業の頃のお話から、掃除という仕事の快感、近所でお気に入りのお店まで、いろいろなお話しを伺いました。
※このページの情報は取材時点でのものです。
会社情報
会社名 株式会社 市川総業
住所 横浜市磯子区磯子3−14−20
電話・FAX 電話:045−750−5261  FAX:045−758−7512
アクセス JR根岸線「磯子駅」より徒歩約5分 地図はコチラ
営業種目 衛生管理
○建物内外の清掃作業全般
○建物完成時の引渡し前清掃作業
○公園清掃作業

設備管理
○電気設備関係
○機械設備関係(冷暖房・空調設備)
○空調設備関係
○給排水衛生設備関係

保安警備
○常駐警備
○機械警備
○交通誘導警備
HP (株)市川総業
●市川社長インタビュー
19歳で創業、23歳で会社設立
現場の話をよく聞き、迅速に対応することが大切
やります、やります
剥離清掃はすごい達成感
小さい頃はおっとりしてました
昔は磯子でサンマが釣れた
ヤンマガ発売日の月曜はウキウキ

19歳で創業、23歳で会社設立

市川 智志(いちかわ・さとし)さん
1967年生まれ
出身:磯子区
磯子区歴:生まれたときからほとんどずっと磯子区。
ご家族:奥様、長女、長男
おすすめのお店:中華三和(根岸)
---創業は1986年(昭和61年)ですね。
市(市川社長):はい。僕が19歳のときです。最初の何年かは会社組織にはなっていなかったんですけど。

---そのときは学校に?
:はい。4年制の専門学校に行ってました。在学中に、友達を集めて清掃の仕事を請け負ってたんです。

---創業のキッカケは?
:たまたま知り合いの人に「アルバイトでビルの掃除をやらないか」って言われまして。「だったら、僕は友達がいっぱいいるので、彼ら連れて行きます。ですから、そのマネージメントも含めて僕にとりまとめさせてください」ってお願いして始まったんです。

---もともとそういう、起業意欲のような気持ちはあったんですか?
:いえ、特には。専門学校のときの周囲の環境が大きいのかな。僕の通ってた土木関係の専門学校は(経営者の)2世が多かったんですよ。だから会話の内容も普通とはちょっと違ってまして。僕の父は普通のサラリーマンだったんで、いいなぁって羨ましく思ってて。そんなことで、興味がわいたんじゃないですかね。

---卒業後すぐに会社を設立したんですか?
:はい。在学中の仕事の収入で、会社設立の資金を作ったんです。1990年の3月に卒業して、そのあとすぐ、5月1日に有限会社として登記しました。

---最初はビル掃除のお仕事専門で。
:そうです。掃除だけです。でも最初は、全然仕事は無かったですね。

---無くて、どうしてたんですか?
:徹底的に営業してました。不動産屋さん回ったり、ビルのオーナーさんのところに行ったり。あとは、専門学校の友達の多くが卒業と同時に建築関係に進んだので、そのツテをたどって営業したり。

---それでなんとか乗り切ったと。
はい。学生のときは大体、月80万円くらいの売上だったんですよ。年間で約1,000万円くらい。でも80万円っていったって3、4人で分けちゃえば全然残らないですから。で、会社を作って最初の年に営業したり、信頼してもらってるいろんな人の紹介で、なんとか年間2,000万円くらいまでは伸びたんです。

現場の話をよく聞き、迅速に対応することが大切


設備管理の写真---市川総業さんは清掃以外に「設備管理」「保安警備」もされていますね。
:はい。1998年くらいまでは清掃専門だったんですが、あるとき、設備管理の仕事を受注することができて、やってみたら、これは将来性のある仕事だな、と。

時代を考えると、清掃の仕事は減っていくかもしれない。というのは、景気が悪いと清掃員はいらなくなっちゃうんですよ。特殊な技術はそれほど必要ないですから。

でも「設備管理」、機械点検とかボイラーとかそういう仕事は絶対減らない。完全な専門分野で、資格と技術と経験が必要です。ウチも、もっと技術を伸ばしていけばニーズがあるのかなと。そう思って設備にも力を入れ始めたんです。そんなことで今ではうちでも、相当に高度なビル管理を請け負えるようになりました。ものすごく大きな施設の電気の管理なんかも担当させてもらっています。

---初めての設備の仕事は、会社としては未知の分野だったと思うんですが、どなたが担当されたんですか?
:僕の知り合いが、設備関係に強い人を知ってるって言って、紹介してくださったんです。で、その人に会社に入ってもらって、担当してもらいました。その人は今でもうちの会社にいますよ。だから、ほんとに人と人とのつながりですね。

---その後は設備管理の人材を育てていって
:そうですね。資格者を募って、設備の営業にも注力して。いまでは、おかげさまで神奈川県内でもトップクラスの設備管理会社と言って頂いてます。

---何が良かったと思いますか? ただ参加してるだけではトップクラスになれないですよね。
:ひとつの仕事をしっかりやってお客様にも満足して頂いた実績が、次の新しい仕事を生んでいったんじゃないですかね。実績を重ねることで業界でも評判になりますから、有能な人材も自然と集まってきます。

---今はいい人材を引き留めておくのがなかなか難しい時代だと思うんですが。
:給料を高く出すとかっていうよりも、大切なのは仕事のフォローやアフター・ケアだと思います。具体的には、現場の人の話をよく聞いて、迅速に対応することですね。現場からの要望も、内容によってできないものは絶対にできないですけど、その分こうしましょうっていうものを打ち出していく。それが一番大事です。

---社長は、そういうったフォローも含めて、いろんなことに割かれる時間が多くて、大変じゃないんですか。
:大変です!(笑) あっちこっち呼ばれます。でもそれが仕事なんで。

---ところで、保安警備をはじめたのも、たまたまなんですか?
:たまたまです(笑)。清掃の営業に行った先の、ある会社で「人いっぱいいるの? 警備の仕事もできない? 30人くらい出せる?」って言われて。「なに言ってるんですか、当たり前じゃないですか!」ってお答えしまして、30人を根性で用意して、その仕事が成功したんです。そしたら、もう大変ですよ。たちまち警備の仕事がたくさん入ってきちゃって。あるお客さまには清掃とか設備では呼ばれないで、警備の仕事だけでうちにどんどんお話しがくるところもあるんですよ。そちらにはうちは警備会社だと思われてるんじゃないでしょうか。

やります、やります

---会社の方針、心がけていることはどんなことでしょう?
:会社案内とかには書いてないですけど、会社の昔からのキャッチフレーズがあるんですよ。「やります、やります、何でもやります、市川総業」っていう(笑)。仕事を受けるときって「この仕事はどうかなぁ」とか、「もしかしたらここがひっかかるかなぁ」とか、「9割がたできるけど、残りの1割はもしかしたらできないかも」とか、そいういうことあるじゃないですか。それでも受けちゃうんですよ。その代わり、「できる」って言った以上、そこからは必死です。人脈を総動員して優秀なスタッフを集めたり、未知の分野は一生懸命勉強したり。仕事を成し遂げるために、必死で動きます。そこがポイントじゃないですかね。
あとは、値段が多少安くても仕事を受ける。受けてから自分達で社内予算を立てて、いろいろやり繰りして、利益をきちっとあげてく。

---どういう風にやり繰りするんですか?
:たとえば、人材投入の上手なバランス配分ですね。アルバイトは時間に応じてコストがかかりますけど、社員なら「ちょっと別の現場を工夫して、空いた時間でここに入ってくれ」っていうことが可能なんです。これは一例ですけど、そういう風に工夫して考えるのをめんどくさがらないことが大事ですね。

---社長は、そういう戦略というか、作戦というか、そういうのを考えるのがお得意ですか。
:大得意です! ついさっきもそういう会議をやってました。少ない予算をやり繰りして、しかもオーナーさんには我々の仕事にもちろん満足して頂かなきゃいけない。それをどうするかっていうのを、人の割り当て表とにらめっこしながら検討してました。

---それは持って生まれた才能でしょうか。
:いやぁ、わかんない(笑)。たまたま(笑)。

---「やります、やります」以外に会社のこだわりは?
:コスト削減については徹底的にこだわってます。社内の電話代にしても、照明代にしても、通信費、交通費にしても、すべて細かくチェックしてますね。お互いにみんなでチェックしあう。無駄を徹底的に排除するように心がけてます。たとえコピー用紙1枚にしてもね。
あとは、楽しくなければ仕事じゃないし、楽しさがないと人間は最大限の力を発揮できないと思ってるんで、福利厚生には力を入れてます。

---読者の中にも仕事で営業をされている方は多いと思うので、社長の豊富な営業経験にもとづいたアドバイスを頂けますか?
:僕がウチの営業によく言うのは、「営業っていうのは何も無い状態から新しく仕事をもらってくるものなんだから、とれなくて当たり前。相手との利害関係も無いわけだから、勇気を持って当たってくれ」っていうことですね。
それと、社内的な言い方なんですが「小さくてもいいから、お客様との間に口座を作れ、取引を作れ」とは言いますね。少額でもいいから取引があれば、お客様のところにも訪問しやすくなるわけですよ。「こないだありがとうございました」って言えるだけでもうひとつの営業になるわけじゃないですか。「おぉちょうど良かった、ちょっと困ってたんだけどこれできる?」なんて話になったりとか。

---そういうノウハウはご自分で仕事を通じて学んでいったものですか?
:そうです。自分で体験したことは若い世代にもきちんと伝えていくようにはしています。
そこにいる若い営業マンも、数年前の新人の頃は僕が1ヶ月間一緒についてまわったんです。で、彼があるお客様のところに訪問してくるのを僕がビルの外で待ってたことがあって、しばらくして戻ってきた彼は「じゃ、次のお客さんに行きましょう」ってクルマに乗ろうとするんですね。そこで僕が「ちょっと待てよ、隣のビルにも営業しろよ」って言って。なんでかって言ったら「すいません、隣のビルを掃除している市川ですけど」って言えるんですね。で、向こうの方は「あぁ、そうなの? どれどれ・・・、おう綺麗になってるねぇ、じゃ、うちもやってよ」って言ってくださることもあるわけなんです。
そんなことで、彼に営業させたら仕事が頂けて、そちらのお客様とは今でもいいお付き合いをさせて頂いてます。

剥離清掃はすごい達成感

ビル内清掃の写真---ビル清掃のお仕事のどんなところに魅力を感じますか?
:僕は学校では主に土木を学んでたんですね。で、学校にはほかに建築科もあったんですけど、建築っていうのは完成すると、建物という形で目に見えて自分達の功績が残るじゃないですか。ランドマークタワー手がけたんだとか、みなとみらい造ったんだどか。
でも僕が行ってた土木は、例えば地下の設備の工事とかが多くて、地上に見えるものが少ないんです。見えるのはマンホールぐらい。
そんなことに小さな不満を感じてたときに、清掃をやってみたら、きったねえとこが(笑)キレーイになるわけですよ。自分達がワックスをかけたとこによって、見違えるようになったわけですよ。そのときに「これしかない!」って。

---気持ちよかったですか?
:そりゃもう! あ、清掃の仕事で剥離清掃っていうのがあるんですけど、それはたぶん経験した人間は誰でもまたやりたくなります。床の表面皮膜を洗剤で全部はがして、新しいものを塗るんです。年に1回、どこのビルでも大体やるんですけど、僕は「剥離のときは現場に呼んでくれ」っていまだに言ってます。

---あはは。そうなんですか。
:すんごい大変な労力なんですよ、1年間蓄積したものを全部はがすわけですから。値段も通常の清掃の3倍かかります。で、すっごい大変なんですけど・・・、もう・・・、なんて言うんでしょう・・・、すんーごい気持ちいいですよ! ハンパじゃないっす(笑)。もんのすごい達成感がありますね。

---作業の場を見てみたいですけど、やっぱり自分の手でやらないと気持ちよくないんですよね。
:そうです! 自分でやって、最後にワックス塗って乾かしたときに、今まで黒ずんでた床が、ウルウル、ウルウルしちゃってるんですよ。そういう感動がありますからね、さっき清掃の仕事は世の中からは減っていくかもしれないっていう話をしましたが、ウチは、まだまだ清掃の仕事も続けていきたいですね。

---ご自身にとってお仕事とは?
:僕のいつも使っている言葉でいいですか? 趣味です。

---お好きなんですか?
:だいっ好きです!「仕事がなくなったら翌日に死ぬだろう」ってみんなからも言われてます(笑)。

小さい頃はおっとりしてました

---ところで、ほとんど磯子で育ったということですが、幼稚園、小学校などの出身校は?
:保育園は、当時、磯子区の西町公園の目の前にあった白菊保育園です。その後は根岸小、根岸中と進んで、高校は横浜高校。で、新子安の浅野工学専門学校です。ちなみに、いま浅野工学専門学校の清掃はウチです。卒業後に先生のとこに行って、「お仕事ください、仕事が無いんです」ってお願いして、いまだに継続させてもらってます(笑)。

---小さい頃に例えば通信簿にどんなことを書かれましたか?
:「おっとりしてる」、「のんびりしてる」、そんな感じですか。

---いま現在の社長の印象とだいぶ違うような気がするんですけど。
:今はもうセカセカしてます(笑)。

---なんで変わったんでしょう。
:わかんないですねぇ。仕事やり始めてからですね。

---じゃぁ、高校生ぐらいまではのんびりしてて。
:のーんびりしてましたね。勉強しない、学校行かない、なんにもしない。高校は学校行かなすぎて卒業が危なくなって、冬休みに補習で学校通って、ようやく卒業できました。ひとりで図書室で補習してたんですよ。いまだに覚えてます。

---周りからはだいぶ変わったって言われたりするんでしょうか
:いやぁ、今でも昔の連中と会うと「はぁ、はぁ」なんて感じで。でも友達には「アイツは何かやるんじゃねぇか」って思われてたみたいです。

---そういう評判について、ご自身ではどう思いますか?
:いや、何も思わないですね。自分を振り返ることもしなかったし、自分がどういう風になってるのかなっていうのは、正直言って、こんにち今でも気付かない部分はありますね。ていうのは、走ってきましたからね。たった二人から仕事を始めて、それが今じゃ600人・・・。振り返る暇が無かったですね。

---そのもう一人のかたは学校のお友達ですか?
:そうなんですよ。高校も一緒で、卒業後に専門学校もたまたま同じになって再会して。で、すぐに僕が掃除をやる話をそいつに持ちかけたんですよ。そしたら「あぁ、いいよ」なんて軽く言ってくれて。

---その方は今でもいらっしゃるんですか?
:はい。いま専務ですね。高校1年生、15歳のときからの付き合いですから、誰よりも長いですね。もう約25年付き合ってますね。

---これまでの人生で一番良くなかったことは?
:良くなかったこと? ありすぎてわかんないなぁ。いっぱいありますねぇ。今でも思うことは、今日も思ったり、昨日も思ったんですけど、「社長にならないほうが良かったかなぁ」っていうのは、いつでも人生の中で思うことですね。

---それはいろいろ辛いことがあるからですか?
:うーん、そうですねぇ。辛いことの方が多いです。昔の話ですけど、専門学校時代の4年間は悲惨な暮らしをしてましたし。あれは人生のどん底でしたね。家が裕福な方ではなかったから、入学金も4年間の学費も自分で働いて払わなきゃいけないし、会社の設立資金も必要だったんで、とにかく必死に働きましたね。昼間の掃除の仕事だけじゃやっていけなかったから、夜中10時から朝の6時まで、梱包工場で働いたり。

---では、一番良かったことはなんでしょうか?
:今はまだ無いですね。まだ見つからない。あえて言うなら、一番良かったことは少し前のことなんですけど、倒れたこと、病気になったことです。その先の人生を考えると良かった。神様がブレーキをかけてくれたっていうとこですかね。
その頃は、夜中の2時に帰って朝の4時前に家を出るっていう生活を続けたり、仕事が増えて従業員も多くなって責任も感じて。で、僕は社会経験がないわけですよ、一回も。まともにサラリーマンやったこととかない。そういう人間にとってはとても大きな重圧でした。ですからそのとき、ちょっと立ち止まる機会がもらえたことは良かったですね。

昔は磯子でサンマが釣れた

---長く暮らしてきた磯子区のイメージってどんなものですか?
:僕は、やっぱり海。僕が小学生の時には、今のウチの会社がある場所の目の前で秋刀魚(さんま)が釣れたんですよ。今から約30年前くらい。船に乗らなくても、岸辺でサンマが釣れたんです。
今の磯子区の印象は、まぁ、さびれてる。あとは子どもの安全な遊び場がない。公園はちょこちょこありますけど、安全なところがないんですよ。クルマ通りの多い幹線道路のわきっちょの公園とか、そんなのばっかで。もっと広大な敷地を使った、安全で綺麗な遊び場が欲しいですね。で、久良岐公園が安全で安心で綺麗かって言ったら僕は決してそうではないと感じるし。崖にしても、ぶらんこの後ろにしても何にしても、いまいちそんなに安全ではないのかなという印象が。バリア・フリー化もされてないし、それはすごく磯子区は遅いなーっていうふうに思いますね。

---周りの区と比べて磯子区はどうでしょう?
:やっぱり磯子区は人口の減少が問題ですよね。それはなんでかって言ったら、街に活気がないんですよ。たとえば中小零細企業が少ない。東芝、IHIなど大企業の工場はありますけど、中小、零細に向いている我々のようなビル・メンテの会社なんか、磯子区内に5社あるかないかぐらい。一番できそうなビル・メンテナンスの業者が磯子区には少ないんですよ。商店街にしてもそうですけど、活気がないんですよね。ほかのところと比べると。だから人口が減っていくんではないのかなと。

---確かに周りの区は活気がありますね。
:金沢区は海の公園作ったりしてるわけじゃないですか。そういうのも目玉になるし、中区・西区なんていうのは「みなとみらい」がある。青葉区とか、港北区、都築区は今後東京とのアクセスがもっと良くなってくれば、住宅街としての価値が高まります。都築区には国際プールができて、新横浜の周辺には競技場があったり。

---そうなんですよね、磯子区はトピックが無いんですよ。
:なんにも無いんですよ(笑)。なんーーにもない。だから磯子区に何かありますかって聞かれたら久良岐公園ぐらいしかあげられないわけじゃないですか。プリンスホテルも無くなって。そういうことを僕は非常に磯子区については感じますね。僕だけじゃなくてみんな感じてることだと思うんですけど。

---確かに、そういう風に言う方は多くいらっしゃいますねぇ。
:もっと新しい何かを取り入れていかないと、磯子区ってなんにも変わっていかない。

---磯子区は真空地帯になってますよね。
:本当にそうですよ。たとえば、大きな花火大会も無いですしね。ほかの海沿いの区は、金沢区も中区も西区もあるのに。鶴見区も多摩川の花火見られますからね。

お散歩コース
市川社長のお散歩コース、産業道路。写真は磯子駅のそばで撮影しました。
---磯子区のおすすめのスポットは? これだけ「何にもない」って話をした後ですけど(笑)
:(笑)。何にもないですねぇ。

---どこかお散歩に行かれるコースとか
:僕の散歩コースは、産業道路の線路側の歩道をずーっと歩いて、浜マーケットに行くんです。で、浜マーケットで買い物をして、帰りは産業道路のもう一方の歩道、せせらぎが流れてる方ですね、あそこを通って帰ります。

---小さい頃よく行ったお店はありますか?
:根岸の駅前の中華三和ですね。大幸ビルの。今でも行きますよ。同じ根岸の駅前のモンビルにも姉妹店がありますね。おすすめは排骨(パイコー)麺。子どもの頃はそれと餃子(ぎょうざ)ばっかり頼んでましたね。病気をしたら三和さんの排骨麺を食べさせくれるっていうのが、僕の親がしてくれた唯一の贅沢でしたね。

ヤンマガ発売日の月曜はウキウキ

---ここからは少し軽い話題を。好きな芸能人はいますか?
:深田恭子さん。彼女はやばいですね(笑)。

---好きなマンガは?
:『週刊ヤング・マガジン』(ヤンマガ)ですね。僕、愛読書は「ヤンマガ」って、これはどこでも言ってます。出張で海外とか行って買えなかったときはもう必死に探しまくります。で、なかでも一番好きなのが『エリートヤンキー三郎』(阿部秀司)です。これを見るがために、ヤンマガの発売日の月曜日はウキウキですよ。くっだらないことかもしれないけど月曜日にまず何するかって言ったら、ヤンマガ買いに行ってます。

---心に残ってる映画を教えてください。
:『釣りバカ日誌』。何作目がいい、っていうのはわかんないんですけど、全般的に。釣りが好きなんですよ。

---じゃぁ、磯子海づり施設なんかはよく行かれるんですか?
:あそこは子どもの頃、占領してました(笑)。朝いちで行って一番いい場所をとって。角のとこですね。あそこが一番釣れたんですよ。

---好きなスポーツはありますか?
:ゴルフですね。もう、ゴルフ馬鹿です(笑)。ハンディは16。つい先々週、80が出ました。

---飛ばす方なんですか?
:飛ばします。そのためにトレーニングもしてます。

---子どもの頃の夢は?
:社長と総理大臣です。日記にも残ってるんですよ。

---じゃあ、ひとつはかないましたね。残りは総理大臣ですけれども、目指していますか?
:目指してます。

---大事にしている言葉を教えてださい。
:「一宿一飯の恩義」です。いちど泊めてもらっていちど食事をご馳走してもらったら、そのご恩は一生忘れないっていうのが僕の考えです。

---磯子マガジンの読者の方にメッセージを
:建物のことでわからないことがあれば、お気軽にご相談ください。清掃から設備管理、警備、それから最近では建物診断もやっています。何かあったら、まずはご連絡頂けると嬉しいですね。

---言い残したことは何かありませんか?
:僕は食に関してのこだわりを持ってるんですよ。学生時代の4年間、いいものを食べられなかった時期の反動もあって。ですから磯子マガジンさんには、磯子区内のおいしいお店をたくさん紹介して頂きたいと思います。おいしくてサービスがいいお店ね。

---わかりました。頑張ります。今日は長時間、どうもありがとうございました。

取材を終えて

磯子マガジン初めてのビジネス・インタビューはいかがだったでしょうか。
全般に、言葉を選んで話される冷静な市川社長でしたが、「剥離清掃」の話だけはものすごく表情豊かに、嬉しそうに話されるのが大変印象的でした。
磯子区で生まれ育った社長が磯子区に作った「市川総業」。こんな会社がこれからもどんどんできてきて、磯子区に活気をもたらしてくれることを期待しています。
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